日本人の知らない日本語2

昨日午後、子供二人をスイミングとMLSに連れて行ったついでにリブロで『日本人の知らない日本語2』を購入。
1を読んだときから面白くてファンだったが、意外なことに小3の長女が大はまり。何度も何度も読んで、お気に入りのネタは折に触れて繰り返し話しかけてくる始末(こっちも知ってるっていうの)
2も出たよと言ったら「買って買って!」と大興奮。もちろんこちらも買うつもりであった。
で、マンガなのであっという間に読み終えて、相変わらず面白かったのだが、この人(日本語教師の海野凪子さんの方)、前から思っていたけど、この人の人柄というか人格が本当に素晴らしいのだよね。単にネタが面白いだけじゃない。
(マンガの呼吸というか間合いというか、ボケと突っ込みの具合も面白さの元なんだけど、もちろん。)
エッセイの量が増えて(たぶん)その人柄が前巻よりもっとよくわかる仕上がりになっていた。
とくにあとがきに感動した箇所があったのでその部分を引いておく。
マンガ担当の蛇蔵さんが海野さんの人柄を描いた部分。

(以下引用)
ある雑誌のインタビュアーが、凪子さんに「成功した授業」について聞きました。
凪子さんの答えは「ありません」でした。
「生徒が完全に理解した=成功した授業であるならば、複数の生徒がいる学校で、成功なんてありえない。
もし成功したと感じたならば、それは自分のやるべき手順ばかり見つめて
生徒を見ていなかったということだと思う。
だから私は成功したと思ったら、反省するようにしています。」
(引用終わり)

これ、本当に納得しました。というかびっくりしました。こんなにうまく、こんなにきっぱりととても言えなかったけど、僕がやはり語学教師としていつも感じていることだったからです。でも僕にはこんなにはっきり言語化できなかった。やられました。
でもまったくそのとおりです。「成功したと思ったら、反省するようにしている」。至言です。

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が、感心ばかりしていても能がないので、一応、自分の実感に即して、もう少し付け加えておこう。
どうして自分もそのように考えるようになったのか、というと、授業をした自分の充実感と、学生の満足度は必ずしも一致しないようだ、ということに気付いたからだ。
自分では、今日の授業はうまくいったな、と思っていても、学生たちは、別にふつう、普段通りと思っていたり、逆にこっちがどうもうまくいかなかったな、と思って落ち込んでいても、学生たちは何も気にしていなかったりする(要するに期待されていないのかもしれないが)。
それはある意味、当たり前のことで、実は、少なくとも語学の授業に関しては、教師が忙しいと学生はヒマなのである。学生が一生懸命勉強(練習)に取り組んでいるとき、教師は逆にヒマになる。汗をかかなければいけないのは、教師ではなく、学生の方なのだ。だから、目指すべきは、教師が左うちわで悠々としているあいだに、学生は必死に汗をかいているという授業なのである。
それは、言い換えれば、教師が充実するより、学生が充実する授業を目指すという、ごく当たり前のことになるわけだが。